死球。通常、野球中継などでは、デッドボールと言われる。打者にとっては、ある種の勲章だ。なぜなら、強打者ほど厳しい内角攻めを受ける傾向があるからだ。プロ野球歴代最多死球は、西武や巨人などで活躍した通算525本塁打の清原和博さんだと聞けば、納得する人もいるだろう。そんな死球をめぐって、ある「研究結果」を発表した学者がいる。「打者の名前に濁音が増えると死球が増える」。いったい、どういうことか。(デジタル編集部 古和康行) 【写真】研究を行った巨人ファンの榊原准教授
「本当に?」名前と死球の関係
「ブランコはフランコよりもぶつけられやすい?」
昭和女子大学人間社会学部で准教授を務める榊原良太さん(社会心理学)が発表した研究のタイトルだ。榊原さんは、過去に「野球の流れは存在するのか」という研究を行うなど、心理学的なアプローチで野球を研究している。
そんな榊原さんが2024年12月、野球の科学的研究を促進することなどを目的に全国の野球関係者らが作る「日本野球学会」第2回大会で、研究発表を行った。テーマは、「ブランコはフランコよりもぶつけられやすい?:外国人打者の名前における濁音と死球・敬遠の関連」。このユニークな研究は「大会特別賞」に選ばれた。
「名前と死球に関係があるなんて、本当ですか?」
“直球”で榊原さんに疑問をぶつけてみると、「あったんです」と、したり顔で解説してくれた。
研究の出発点は、「音声学」だという。音声学は、人がコミュニケーションを取るときに使う「音声」を科学的に分析するという学問だ。この音声学には「音象徴」という考え方がある。音そのものがイメージを持つという考え方で、例えば「コロコロ」は小さいものが転がっている感じがするけれど、「ゴロゴロ」は大きいもの――といった具合だ。
この「音象徴」には“定説”がある。それは、「濁音は大きい・強いイメージを与える」というもの。「だったら、外国人のプロ野球選手の濁音も(打撃成績に)影響しているかもしれない」と榊原さんは考え、研究を始めた。
研究結果は……
研究は次のように行われた。
対象は1952~2023年、日本野球機構(NPB)の球団に所属した表記がカタカナの外国人選手だ。〈1〉イチローなどの日本人選手やワカマツといった和名 〈2〉「タイロン・ウッズ」といった登録名に「・」を含む選手 〈3〉打席数が1シーズンで100未満の選手―― は対象から除いた。
分析のために採用したのは、(1)名前に含まれる濁音数 (2)名前の拍の数(モーラ数 ※例えば「マック」は3、エルドレッドは6) (3)死球数 (4)敬遠数 (5)打席数 (6)長打率だ。一般的に、野球は強打者が内角の厳しいコースを攻められやすく、死球も多い傾向にある。そのため、長打率も含めることによって、打者の特性も分析の対象にできるようにした。
その分析結果は、「死球・敬遠と他の変数のマルチレベル相関係数(個人レベル)」では、「名前の濁音の数(2個vs1.0個)と選手の平均的な死球数の間に、統計的に意味のある関連が見られた」そうだ。もう少し踏み込んで説明すると、「名前に濁音が二つ含まれているか、それより少ないかによって、打者ごとの死球数の違いの約2.7%を説明できる」(榊原さん)というのだ。さらに詳細な分析を行い、実際のシーズンに当てはめると、名前に濁音数が2個含まれている選手は、濁音が含まれていない選手と比べて、「1シーズンあたり1~2個多く死球を当てられている」ことが分かったという。
「一番驚いた」けれど「役には立たない」結果、大切なのは
研究結果を説明し終えると、榊原さんは「自分史上、一番驚いた。まさか数字に表れるとは思ってもいなかったので」と興奮気味に感想を語った。
ちなみに、現在、楽天に所属するフランコは過去2シーズンで死球は3。今季は0。中日やDeNAなどで2009年から16年までプレーしたブランコは通算48死球。特に09年には14個もの死球を受けている。
たしかに、名前に含まれている濁音の数と、死球の数に相関関係が発見されたというのは興味深い。だが、「打者ごとの死球数の違いの約3%は、名前の濁音で説明できる」「1シーズンあたり1~2個死球を多く当てられている」ということは、野球界にとって役に立つデータなのだろうか。
そう記者が尋ねると、「400打席近く打席に立って、デッドボールが1~2個増えるくらいですから、役には立ちません」と認めた。
でも、一方で、こうも熱弁した。「僕もデータを集める前は『相関関係は出ないだろう』と思っていたんです。でも、音声学の知見に触れて、自分で疑問に思ったことを調べてみたら結果が出た。これがうれしかった」
榊原さんが、今回の研究を決意したのは「広告と消費」をテーマにした授業の準備をしていた時に、「ポケモンの名前を音声学から分析する」という研究に触れた時のことだ。「『なんて面白いんだ』と感動した。自分の好きな野球でこのアプローチで研究できないか」と考えたという。
その結果、本人でも驚く「濁音」と「死球」の相関関係が導き出された。実は、「長打率と死球」などの打撃成績の相関関係と比べると、「濁音と死球」の相関関係は極めて弱い。それでも、いわゆる、偶然だと片づけられるような数字ではなく、統計学上、「有意な」数字なのだという。データが示すその相関関係は、研究者を勇気づけた。「突拍子もない思いつきでも、データを集めたり、調べてみたりすると、思ってもいなかった結果が表れることがある」。そして、言う。「好奇心をもって学ぶことが研究の面白さですよ」
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